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さて、天気のいい日にぜひ行きたい場所がいくつかあるのですが・・・
ここもそのうちの一つでした。

Basilique de Saint-Denis サン・ドニ大聖堂
DSCN1513.jpg

フランス王のほとんどがこのバシリクに埋葬されています。

この教会堂の由来として広く知られているのは
フランスの守護聖人である聖ドニ(サン・ドニ)の逸話。
伝説によると聖ドニはモンマルトルで斬首されたが
首を刎ねられてもすぐには絶命せず、自分の首を持って
パリ郊外のこの地まで歩き、そこで倒れて絶命したとされる。
以後そこがサン=ドニと呼ばれることとなり、教会堂が建てられたのが
現在のサン=ドニ大聖堂の始まりである。
教会堂建造を指揮したのはエリギウスという職人とされる。


夕刻サン=ドニ大聖堂は建築学的にも画期的な建物である。
回廊は、ゴシック建築初期の主な建築のうち
後陣(chevet)もしくは東端が唯一現存している。

ということで
フランス王家の墓所であり
かなり古いゴシックであるという大聖堂です。
DSCN1523.jpg

DSCN1536.jpg

奥にはたくさんの本人を型取った棺の数々。
地下にどうしても見たい物がありました。

ルイ17世の心臓、です。

ヴェルサイユ宮殿を建てた太陽王が14世
天然痘でなくなったのが15世(5歳で即位!)
フランス革命で処刑されたのが16世
ナポレオンが失脚した時に王政復古で即位したのが18世

では17世って誰?

ルイ17世はルイ16世とマリー・アントワネットの2番目の王子です。
最初に王太子になったルイ・ジョゼフは脊椎カリエスで幼くして
なくなっており、革命当時王太子だったルイ・シャルルがルイ17世です。

しかし彼は幼い時に両親と引き離され、タンプル塔に幽閉。
牢獄のような狭い部屋にとじこめられ、虐待され
最後は亡くなっているのを発見され、10歳で亡くなります。

遺体解剖をした医者が、彼の心臓を取り出しこっそり持ち帰ります。

この心臓がサン・ドニ大聖堂にあるのです。
ナポレオンやルイ18世が即位する中で
太陽王ルイ14世の直系であるルイ17世がどこかで
生きながらえてくれているのでは、と国民は思っていたそうです。

そしてひっきりなしに ニセモノルイ17世 が登場します。
しかし結局はみんなニセモノで、本当のルイ17世は
やはり10歳でタンプル塔で亡くなっていたのです。

ではなぜそれが判明したか・・・

DNA鑑定 です。

長い間ルイ17世は誰だったんだ!?
という疑問を抱えたまま、うやむやになっていた疑問を
解決したのは科学でした。みんなハッキリさせたかったんでしょうね。

そこで、盗み出されたルイ17世と思われる少年の心臓と
マリー・アントワネットの頭髪とのDNA鑑定が行われます。
またそれだけでなく、ハプスブルグ一族のDNA鑑定も同時に行いました。

ついに2004年6月タンプル塔で死亡した少年の心臓は
王太子ルイ・シャルルであった、一度も「王」として
扱われることもなかったルイ17世のものであると判断されました。

2004年ですよ・・・こないだですよ・・・

わたしはもうそれで十分だろうと思うんですよね。
ただ実際には遺骨は10歳の少年のもの・・・か・・・?
という疑問アリの状態だったようです・・・

また100年すれば違ってましたなんてこともありうるのかしら・・・

しかしお兄さんのルイ・ジョゼフと向かい合わせにある17世の墓碑。
その場所はルイ16世とマリー・アントワネットの石像の丁度真下で
わたしはなんとなくこのままそっとしておいてあげてほしいなぁ・・・と思いました。
DSCN1529.jpg

DSCN1521.jpg


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